​34.ペトロとマグダラのマリアはどのような関係にあったのでしょう?

聖ヨハネの福音書は次のように語っています、土曜日の次の日にマグダラのマリアはイエスの墓に向かい、そして墓を覆っていた石が動かされているのを見てそれをシモン・ぺトロと、主に愛された弟子に伝えるべく走りだしました。

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  その知らせを聞いて二人は墓に向かって駆け出しました、その墓では後ほど戻ったマリアが復活したイエスに会います(ヨハネ20,1-18)。これは福音書がペトロとマリアの関係について語った全てです。歴史的な視点からはこれ以上付け加えることはありません。トマスの偽福音書は、多分西暦2世紀に書かれたもので正典ではありませんが、受難の最後の場面やよみがえったイエスの復活や出現について語り、マリアをイエスの弟子としています。 


 グノーシス派の人々を源とする2次的な文献ではペトロとマリアの対立に関係するいくつかの記述があります。前提として、その文献は歴史的な根拠はなくグノーシス派の教義を伝えるための手段として種々の人物の間の虚構の対話という手段に頼っていることをまず念頭に置いて頂きたいです。マリアの福音書はこのような文献の一つで、そこにおいてマリアが受けた秘密の啓示に対するペトロの無理解について述べられています(参照「マグダラのマリアの福音書は何を語っているか?」)。もっと古いと思われる他の記述はトマスによる偽福音書です。ここでは、シモン・ぺトロの話したことが最後に語られています「マリアを我々から遠ざけろ、女は生きるに値しないのだから」。それに対しイエスは答えています「見よ、私は彼女を男に変えて見せよう、同時に生きる聖霊に変えて見せよう、こうすればあなたたち男と同じになる。このように全ての女は男になり天の王国に入ることになろう」。またPistis Sophia( グノーシス派の重要文献)によると、ぺトロは我慢できなくなり、何故マリアはみんなよりグノーシス派の意味での奥義を理解しイエスにより称賛されるのかとの抗議をしました。「主よ、あの女に話をすることを許可しないでください、なぜなら我々の地位を奪い我々に話をさせなくなるからです」(54b)。(ここでは、しかしながら、ここではマルタと一緒に居るのは、マグダラのマリアではなく、マルタとラザロの姉妹のマリアである可能性があります。ただし二人のマリアを同一人物と考える、可能性もあります)。これらの文献の中では、ラビの考え方の受け継いできた性格がわかりますが、それによると女性は宗教上の教義(ヨハネ4,27参照)を理解できません。同時にグノーシス派の固有の人間観が現われており、これによると女性たちは「秘教の秘儀」の啓示の伝達手段として卓越した場を占めています。

 ペトロとマグダラのマリアの関係は、ぺトロとヨハネ、ぺトロとパウロ、ぺトロとサロメ等の関係と同じものであったに違いありません。すなわち、それは教会の前面にいた者とイエスの弟子でその復活後生き返りの証人となり福音書を宣べ伝えた者との関係です。その他の関係は想像上のものです。