家庭は成長の場(1)

人格形成
家庭は成長の場(1)

ひとりとして偶然に生まれてくる人はいない。一人ひとりは大きな価値を持つ存在だ。人格の調和のある成長のために、子供が最初の瞬間から家族の中で愛されていると自覚することは決定的である。

平和の聖マリア教会の「いつくしみの扉」

属人区長
平和の聖マリア教会の「いつくしみの扉」

オプス・デイ属人区の属人区長教会・平和の聖マリア教会(ローマ)では、特別聖年にあたり、「聖なる扉」が開かれました。この聖なる扉を通って「入る人はだれであれ、慰めとゆるしと希望を与える神の愛を経験することができるでしょう」(教皇フランシスコ)。).

属人区長の手紙 (2016年7月)

属人区長の手紙 (2016年7月)

「キリスト信者の身分証明書は喜びです。」属人区長は今月の手紙の中で、教皇の言葉を繰り返してこう述べる。たとえ矛盾の真只中にあっても、私たちの喜びは、慰めを必要とする人々に対して、福音的なものとなるだろう。

聖ホセマリアの本、デジタル版

他のニュース
聖ホセマリアの本、デジタル版

聖ホセマリアの著作の Kindle版ができました。『道』、『鍛』、『神の朋友』、『十字架の道行』、『聖なるロザリオ』、『教会を愛する』の改訂版がアップされています。

属人区長の書簡

属人区長の手紙 (2016年7月)

「キリスト信者の身分証明書は喜びです。」属人区長は今月の手紙の中で、教皇の言葉を繰り返してこう述べる。たとえ矛盾の真只中にあっても、私たちの喜びは、慰めを必要とする人々に対して、福音的なものとなるだろう。

愛する皆さん、イエスが私の子どもたちをお守りくださいますように!

 ここ数カ月、慈善の業を最重要視するよう努めています。今日は、イエス・キリストが、キリスト信者、つまり幸いな人としての歩みに求められることを列挙された中の一つ「悲しむ人は幸いである。その人たちは慰められる」[1] について考察したいと思います。

 侮辱を赦すことは、いつくしみの業で、主に見習うことであり、人を神により似たものにします。すでに旧約聖書で、主が仰せになっています。「母が子を慰めるように、わたしはお前たちをなぐさめる」[2]。そしてイエスは最後の晩餐で、この神の慰めをでき得る限り完全に表明し、慰め主・聖霊を遣わすことを約束されます。この慰め主には ―愛そのものであられることによって― キリスト信者の苦痛を和らげ、一般に、あらゆる悪を克服しようともがき苦しんでいる人を強める使命があるのです。

 子どもたちよ、世界を見渡すと、多くの人が嘆き苦しんでいるのに気が付きます。戦争が引き起こすとてつもない悲劇に無関心であってはなりません。移住を余儀なくされる状態、あるいは、ひどい不正な状況が大きな悲しみを生み出しています。特に、信仰を守るために、命を危険にさらすまでになっている人たちのことが思いやられます。

 皆さん方の手紙を読んだり、娘たちや息子たちと話し合ったりするときには、皆の喜びに、そして悲しみや苦しみにも、心を込めて同伴します。何と多くの家族がいかに苦しんでいることか。ある家族は、家族の誰かが神に背を向けているために、あるいは苦しむ病人の痛みを和らげる術が分からないために苦しんでいるのです。私たちは社会の一員ですから、当然なこととして、現代の数々のドラマ ―麻薬の害、家族の一致の危機、個人主義がもたらす冷淡さ、経済危機― を身近に感じます。

 この現実を見て悲しんではなりません。私たちは、―イエスの聖心に留まるなら―、永遠の命においてだけではなく、慰めを受けていることが確信できるのですから。主は、この世においても私たちの傍らで慰めてくださいます。愛深い父として私たちを一人きりになさることはありません。聖ホセマリアが常に教えたようにキリスト信者の超自然的な喜びは、神との父子関係を自覚することから生まれるのです。「神の子に固有な安全性、それはすなわち ...